しかしこれは今に始まったことではないはずです。
振り返って見れば、安保闘争や一連の反対運動では、体制に反抗するものは皆こうなるとばかりにテレビに学習させられ、その後記憶に残っているものでは、ワイドショーなどで、戸塚ヨットスクール事件・ロス疑惑事件・松本サリン事件の時の一般人誤認逮捕・イラク人質事件での個人攻撃・政治家、芸能人のスキャンダル等々上げたら限がなく、事件の真相とは別に個人攻撃の温床にもなっている気がします。
要は私たちに体制を攻撃できないトラウマが出来、それと相まって社会構造上受容の低い人間に育ったところへマスコミの場に個人攻撃の場があり、何か有ると庶民一同が一斉に弱い立場のものを叩き不満を解消させ、マスコミは“利益”が出るのでまたウケるよう報道する悪循環で動いてきている。
そしてその個人攻撃の怖さと醜さも学習しているので更にトラウマが出来、何か大事故や大事件を起こした時無意識且つ意識的に逃避の行動や言動を取ってしまうのでしょう。
先ず社会の仕組みの受容が低ければ受容のある人間が育たず、その親から育った人間も受容が低くなることが予想されます。嚇言う私も受容は高くなく大人になってこれを高めるには相当のエネルギーを要します。
戦後社会の荒廃の大因がこういった悪循環であり、みんながこれに気づき大きな路線変更をしなければならないでしょう。
大切なのは、人としての生き方であり、利益や効率は後回しでいい社会でいいじゃないですか。
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